入れ歯で噛めない・丸飲みしている方へ――「噛める」を取り戻す4つの視点

2026.06.22

入れ歯を入れているのに、うまく噛めない。噛めても、やわらかいものばかり。食べたいものではなく、食べられるものばかりを選んでしまう。もう何年も、好物だったものを口にしていない。気づけば、ほとんど噛まずに飲み込んでしまっている――。こうしたお悩みを抱えながら、「入れ歯だから仕方ない」と受け止めて、やわらかいものや丸飲みで毎日をしのいでおられる方に、私はこれまで数多くお会いしてきました。

ですが、私の経験から申し上げると、「噛めない入れ歯」には、ほとんどの場合、はっきりとした原因があります。そして、その多くは、原因を突き止めれば改善できるものです。

このページでは、ひらの歯科医院の院長である私、平野哲也が、入れ歯で噛めなくなる本当の原因を、4つの視点から整理してお伝えします。「もう歳だから」「入れ歯だから仕方ない」とあきらめてしまう前に、まずは「なぜ噛めないのか」を一緒に見ていきましょう。

「噛めない」を我慢して、丸飲みしていませんか

「入れ歯で噛めない」というお悩みには、少しやっかいなところがあります。それは、噛めない状態が長く続くうちに、ご本人がそのことに慣れてしまい、「噛めていない」という自覚すら薄れてしまうことです。

噛みにくいものは自然と避けるようになり、やわらかいものばかりを選ぶ。しっかり噛めないまま、ほとんど丸飲みのように飲み込んでしまう。それが何年も続くと、それが当たり前になってしまい、「自分は噛めていない」とは思わなくなっていくのです。

けれども、噛むという働きは、ただ食べ物を細かくするだけのものではありません。しっかり噛めるかどうかは、毎日の食事の楽しみや、体に取り込む栄養に関わります。よく噛むことと認知機能との関わりも指摘されており、さらには日々の生活の張りにまで関わってきます。

そして、噛めない原因の多くは、ご本人の努力不足ではなく、入れ歯とお口の関係のどこかにあります。この記事では、その原因を「入れ歯の安定」「噛む力が入るあごの位置」「奥歯の噛み合わせ」「入れ歯への慣れ」という4つの視点から整理していきます。

入れ歯で「噛めない」のはなぜか――4つの原因

入れ歯で噛めない原因は、突き詰めると、おおよそ次の4つに整理できます。

原因① 入れ歯が安定していない(浮く・動く)

そもそも入れ歯が安定していなければ、噛もうとした瞬間に浮いたり動いたりして、力をかけることができません。土台がぐらぐらの足場の上では、力が入らないのと同じです。「噛めない」と「浮く・外れる」は、実は関係の深い問題です。浮く・外れることが主なお悩みの方は、別の記事で詳しくお話ししていますので、そちらもご覧ください。

▼あわせて読みたい:下の入れ歯が浮く・外れるのはなぜか

原因② 噛む力が入る「あごの位置」が合っていない

これは少し意外に思われるかもしれませんが、噛む力をしっかり入れられる「上下のあごの位置(高さと前後・左右の位置)」というものがあります。ここが合っていないと、入れ歯そのものはお口に乗っていても、うまく力が入らず、噛めないと感じることがあります。この点は第3章で詳しくお話しします。

原因③ 奥歯でしっかり噛める状態になっていない

食べ物をすりつぶす主役は、前歯ではなく奥歯です。奥歯がしっかり噛み合う状態になっていないと、いくらがんばっても食べ物を噛みつぶせません。これも第4章で掘り下げます。

原因④ 入れ歯にまだ慣れていない(使い手側の要素)

入れ歯は、お口に入れればすぐに自分の歯のように使えるものではなく、ある程度は、上手に使いこなすための慣れが必要な道具でもあります。とくに大きな入れ歯ほど、舌や頬の使い方に少しずつ慣れていくことで、噛めるようになっていく面があります。

実際の診療で、いちばん多いのは「噛み合わせ」の問題

この4つの中でも、実際の診療でとくに多いと感じるのが、原因②と原因③、つまり「噛み合わせ」が関わっているケースです。

今の入れ歯にお悩みのある方を初めて拝見すると、お顔を見ただけで「噛み合わせが合っていないな」と感じることがよくあります。お顔の下半分がクシャッと縮んで見えたり、唇の形に違和感があったり、あごの先(オトガイ)に梅干しのような小じわが寄っていたり――こうしたサインが出ていることがあるのです。

実際に入れ歯を入れた状態で噛んでいただくと、奥歯がしっかり噛み合っていないことが少なくありません。前歯が強く当たっているために入れ歯が外れやすく、硬いものが食べられない、という方も多くいらっしゃいます。

また、入れ歯を作った当初は奥歯がしっかり噛んでいても、長年の使用で人工の歯が少しずつすり減り、いつのまにか奥歯で噛めなくなっている方も多いものです。すり減りはゆっくり進むので、ご本人はなかなか気づきません。ご自宅でも、上下の入れ歯を外して噛み合わせ、裏側から覗いてみると、奥歯のところに隙間があって噛んでいない、ということが確かめられる場合があります。さらに、噛み合わせの合わない入れ歯を削る調整だけ繰り返していると、人工の歯が真っ平らになって、いよいよ噛めなくなってしまうこともあります。

見落とされがちな「噛む力が入るあごの位置」

ここからが、「噛める入れ歯」を考えるうえで、とても大切なお話です。

人には、力をしっかり入れられる上下のあごの位置(高さや前後・左右の位置)があります。歯がそろっていた頃には、無意識のうちにその位置で噛んでいました。ところが、歯を失い、入れ歯になると、この「力が入る位置」が、入れ歯の作り方次第でずれてしまうことがあります。位置がずれると、入れ歯はお口に入っていても、なぜか力が入らない、噛んだ気がしない、さらには噛むたびに入れ歯が動いて傷ができてしまう、という状態になります。

この「力が入るあごの位置」を正しくとらえる工程を、私は「噛み合わせの検査(咬合採得)」と呼んでいます。これは入れ歯づくりの中でも、とりわけ重要な工程です。

私は常々、「噛み合わせの検査が0点なら、たとえ型取りが100点でも、最終的な入れ歯は0点になってしまう」と考えています。どれほど精密にお口の型を取っても、噛む位置がずれていれば、その入れ歯では噛めないのです。それくらい、この工程は入れ歯の仕上がりを左右します。

この噛み合わせの位置を決めるときには、症例によってさまざまな方法を使い分け、場合によっては検査を数回くり返すこともあります。合わない入れ歯を使っておられる方のほとんどが、奥歯ではなく前歯で噛む「前噛み」の状態になっていますので、奥歯でしっかり噛める位置を探りながら、本来の噛み合わせを見つけていきます。

中には、長く本来の位置で噛んでこなかったために、すぐには奥歯で噛めない方もいらっしゃいます。そうした方には、後ほどお話しする治療用の入れ歯を数か月使っていただきながら、時間をかけて奥歯で噛める位置を探っていきます。この工程をおろそかにして、ずれた噛み合わせのまま入れ歯を作ってしまうと、噛める入れ歯にはなりません。だからこそ私は、噛み合わせの検査と、必要に応じた治療用義歯による位置探しに、とくにこだわって治療を進めています。

▼あわせて読みたい:入れ歯の噛み合わせが合わない

「奥歯でしっかり噛む」が、噛む力にも安定にもつながる

噛めない入れ歯には、もう一つ共通して見られる特徴があります。それは、奥歯でしっかり噛めていない、ということです。

食べ物をすりつぶす主役は奥歯です。ところが、前歯ばかりが先に当たって、奥歯がしっかり噛み合っていない入れ歯では、食べ物を噛みつぶす力が生まれません。

しかも、前歯だけが当たる状態は、噛めないだけでなく、入れ歯の安定そのものも損ないます。とくに総入れ歯は、支えになるものが歯ぐきしかありません。ですから、前歯の噛み合わせが奥歯より強く当たると、入れ歯には外れる方向に力がかかってしまいます。逆に、左右の奥歯どうしがしっかりと噛み合っていると、その噛む力が入れ歯を土台に押さえつける方向に働き、入れ歯はもっとも安定します。

ここで、ひとつ強調しておきたいことがあります。実際には、噛み合わせがぴったり合っていれば、入れ歯の形に多少の不備があっても、安定して噛めることがあります。ところが、その逆はありません。たとえ形がぴったり合っていても、噛み合わせが合っていなければ、入れ歯が安定することは決してないのです。それほど、噛み合わせは大切な要素です。

つまり、「奥歯でしっかり噛める」ことは、噛む力を生むためにも、入れ歯を安定させるためにも、両方にとって欠かせません。噛める入れ歯と、外れない入れ歯は、別々のものではなく、同じ一つの噛み合わせの上に成り立っています。

噛めない・丸飲みを続けると、どうなるか

噛めない状態を、だましだまし続けることには、いくつか気をつけておきたい点があります。

まず、噛みにくいものを避け、やわらかいものばかりを選ぶようになると、食べられるものが偏り、栄養のバランスが崩れていくことがあります。とくに、肉や野菜などの噛みごたえのある食材が食卓から減っていくと、体をつくるために必要な栄養が不足しやすくなる傾向があります。

また、しっかり噛まずに丸飲みに近い食べ方が続くと、胃腸に負担がかかることがあります。本来、噛むことで細かくし、唾液と混ぜてから飲み込むべき食べ物を、大きいまま飲み込んでしまうためです。お口は、胃や腸と並ぶ消化の入り口でもあるのです。

加えて、噛む力や飲み込む力が十分でないまま食事を続けると、食べ物や飲み物が気管のほうへ入り込みやすくなり、むせやすくなることがあります。これが、誤嚥(ごえん)につながり、誤嚥性肺炎の一因になることもあります。こうした点からも、「噛めない」を長く放置することは、できれば避けていただきたいと考えています。

噛むことは、食事を楽しむことそのものでもあります。土台となる歯ぐき(骨)が大きく痩せてしまった方でも、噛めるようにする工夫はあります。土台が少ないことが気になる方は、別の記事もあわせてご覧ください。

▼あわせて読みたい:歯ぐきが痩せていても、合う入れ歯は作れる

「噛める入れ歯」は、作り手の技術と、慣れの両方で手に入れる

ここまで、噛めない原因をお話ししてきましたが、最後に大切なことをお伝えします。それは、「噛める入れ歯」は、作り手の技術と、使い手であるご本人の慣れの、両方で作っていくということです。

入れ歯は、多くの場合、お口に入れた瞬間から自分の歯のように噛めるものではありません。とくに大きな入れ歯ほど、形や大きさに少しずつ慣れていくことで、噛める範囲が広がっていきます。ですから当院では、いきなり最終的な入れ歯を仕上げるのではなく、まずは治療用の入れ歯(トレーニング義歯)で、実際に噛めるか、力が入るかを確かめていただいてから、本番の入れ歯へ進む、という段階的な進め方をご用意しています。

この治療用義歯には、大切な役割があります。合わない入れ歯を長く使ってこられた方は、形も噛み合わせもずれた状態に体が慣れてしまっています。治療用義歯は、そこで生じているズレをいったんリセットし、その方本来の噛み合わせと、お口に合った形を取り戻すための工程なのです。実際に使っていただきながら、はじめは見えなかった問題点や、その方ならではの課題を一つずつ拾い上げて、修正していきます。入れ歯の大きさになかなか慣れない方には、まず理想的な形で作り、使いながら少しずつ大きさを調整することもあります。噛み合わせも、使っていくうちに、もっと奥歯で安定して噛める位置が見つかることがよくあります。

難しいケースであればあるほど、この治療用義歯による形と噛み合わせの調整が重要になります。こうして、治療用義歯で問題なく使える状態を作ってから、長く使っていただく本番の入れ歯を製作する。だからこそ、当院の入れ歯は、かなりの難症例でも安定して使えるようになっていきます。

「もう自分は噛めるようにはならない」とあきらめておられる方の中にも、工夫しだいで噛めるようになる方がいらっしゃいます。たとえば、上下の歯が噛み合わない「すれ違い咬合」のような難しいケースでも、当院では対応の方法を探ります。実際に、他院で作った入れ歯では噛むたびに痛みが出て、ほとんど丸飲みで過ごしてこられた方が、残っている歯への処置と入れ歯の設計の見直しによって、奥歯で硬いものを噛んでも痛まなくなり、食事のしかたが大きく変わった、ということがあります。また、歯を多く失って初めて総入れ歯を作られた方が、治療用義歯で少しずつ慣れていった結果、それまであきらめていた食べ物を、ご家族と一緒に楽しめるようになった、というお話もあります。噛めるようになることは、食事だけでなく、人と過ごす時間や趣味の場面まで、暮らしを広げてくれるものだと感じています。難症例については別の記事で詳しくお話ししています。

▼あわせて読みたい:すれ違い咬合とは何か

当院での「噛める入れ歯」への向き合い方と、ご相談の流れ

最後に、当院で「噛める入れ歯」にどう向き合っているかを、簡単にお伝えします。

当院では、第3章でお話しした「噛み合わせの検査(咬合採得)」を、とくに大切にしています。噛む力が自然に入る位置を丁寧に確かめ、必要に応じてその場で調整していくために、一回の診療に60分から180分ほどの時間を確保しています。これは、のんびり進めるためではありません。型を取り、噛み合わせを確かめていく中で、ズレやエラーが見つかったときに、その場ですぐ修正できる時間の余裕を持っておくためです。

そして、初めて来院される方には、まず女性の入れ歯カウンセラー(歯科衛生士)が、これまでの経緯やお悩みをじっくりとお聞きします。「噛めなくて、ずっと丸飲みでしのいできた」といった長年のお悩みを、安心してお話しいただける体制を整えています。

入れ歯で噛めない、というお悩みは、「歳のせい」でも「入れ歯だから仕方ない」ものでもありません。そこには必ず原因があり、その多くは突き止めて、手を打つことができます。長く我慢してこられた方こそ、一度、なぜ噛めないのかを一緒に確かめてみませんか。ご相談だけでも構いません。お気軽にお声がけください。

▼あわせて読みたい:入れ歯が合わない、本当の原因

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歯科医院紹介

平野哲也院長

平野哲也院長

施設名 医療法人社団湘仁会 ひらの歯科医院
診療科目
  • 歯科
責任者 平野哲也院長
[学歴] 1994年 新潟大学卒業
[開業年] 1998年
電話番号 0466-49-1382
所在地 〒252-0823 神奈川県藤沢市菖蒲沢611-1
時間
09:00~13:00
14:30~17:30

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