平成30年、保険治療をやめた本当の理由――理想の入れ歯を、追いかけて

2026.08.19

「保険の入れ歯は、もう作らないのですか」とよく聞かれます

当院は、平成30年に、診療方針を保険診療を中心とした形から、自費の治療を中心とした形へと切り替えました。今、当院で入れ歯を作る場合は、自費でお作りしています。そのため、初めていらっしゃる方からは、「保険の入れ歯は、もう作らないのですか」「どうして自費だけにしたのですか」と尋ねられることがよくあります。

この記事では、その問いに正直にお答えしたいと思います。なぜ私が、保険診療をやめ、自費の入れ歯に専念することを選んだのか。その本当の理由を、これまであまりまとまった形でお話ししてこなかったので、ここで書き残しておきたいと思います。

先にお伝えしておきたいことがあります。これは、「保険の治療が悪いからやめた」という話ではありません。保険診療には保険診療の大切な役割があり、私自身、約20年、保険診療の中で、できる限りのことをしてきたつもりです。それでも私が自費に専念することを選んだのは、「自分が理想とする入れ歯を、納得のいく形で作りたい」と決意したからです。理想を追いかけていったら、自然と自費というかたちに行き着いた。それが正直なところです。少し長くなりますが、その道のりをお話しさせてください。

開院してからはありがたいことに、当院にはたくさんの患者さんが来てくださいました。予約が3か月待ちになることもあり、入れ歯治療だけでなく、小児歯科や矯正など、幅広い診療を行っていました。入れ歯についても、保険の範囲でできる限りのことをし、一切手を抜かずに作ってきたつもりです。

ところが、ここで一つの問題が起きました。保険の入れ歯でも、私はかなり「噛めるように」作ることができます。すると、よく噛めるがゆえに、今度は入れ歯の破損が相次ぐようになったのです。くわしくは次の章でお話ししますが、保険では使える材料や設計が決まっているため、強い噛む力がかかると、入れ歯の本体や留め金(クラスプ)が耐えきれずに壊れてしまう。患者さんは「そんなに硬いものを食べたわけではないのに壊れた」とおっしゃり、お叱りを受けることも少なくありませんでした。入れ歯が壊れれば食事に困りますから、急いで対応しなければなりません。予約がほとんど埋まっている中での対応なので、時間外に対応していました。

保険の時代に感じていた「構造的なジレンマ」

保険診療の中で入れ歯を作っていた頃、私はずっと、あるジレンマを抱えていました。それは、「しっかり噛める入れ歯を作ろうとすればするほど、無理が出てしまう」ということです。

入れ歯は、患者さんにしっかり、快適に噛んでいただくために作るものです。ところが、しっかり噛めるように作ろうとしても、保険では使える材料に制限があるため、強い噛む力がかかると、折れたり壊れたりしやすくなってしまう。良い入れ歯づくりを目指すほど、こうした矛盾が生じる。これが、私を長く悩ませた根本的なジレンマでした。

入れ歯が折れた、壊れたとなれば、患者さんはお困りになり、お叱りやご不満につながります。患者さんのためにと思って噛めるように作っているのに、その結果として壊れてしまう。この繰り返しは、本当につらいものでした。私は大学を出た頃から、「よい入れ歯で、歯を失った方の力になりたい」と考え、機能的で耐久性のある入れ歯づくりを学んできました。そんな私にとって、きちんと作っても壊れやすい保険の入れ歯は、費用のご負担が軽いということ以外に、患者さんにとっての利点を感じられなくなっていったのです。

もうひとつ、時間の問題もありました。本当はお一人おひとりのお口をじっくり拝見し、ていねいに説明し、納得していただいてから治療を進めたい。とくに、入れ歯を専門とする私が向き合いたい難しい症例には、せめて1時間はかけて、じっくり対応したい。ところが、壊れた入れ歯への急な対応に追われ、その時間を確保することが、どんどん難しくなっていきました。

私の診療時間を確保しようと、ほかの歯科医師や歯科衛生士を増やしたこともあります。けれども、私が目指すレベルの入れ歯治療をすぐに任せられる歯科医師を見つけるのは簡単ではなく、指導にかける時間が、かえって負担になってしまいました。

良い入れ歯を作りたいという気持ちと、それを実現する条件とが、どうしてもかみ合わない。この感覚が、年を追うごとに私の中で大きくなっていきました。理想をあきらめて条件に合わせるのか、それとも条件のほうを変えるのか。私は次第に、後者を真剣に考えるようになっていったのです。

入れ歯の作り方そのものの違いについては、こちらの記事で詳しくお話ししています。

▼あわせて読みたい:保険の入れ歯と自費の入れ歯、本当の違い

この30年で、入れ歯づくりは、はるかに難しくなりました

もうひとつ、私が自費へと向かった背景には、この30年あまりで入れ歯づくりそのものが大きく変わった、という事情があります。

私が歯科医師を志して学んでいた頃と今とでは、患者さんの年齢層がまるで違います。私が大学に入った昭和63年の頃は、総入れ歯になる方の年齢は、だいたい60代から70代でした。それが今では、私の実感として、85歳を過ぎてから総入れ歯になる方が多くなったと感じています。むし歯や歯周病の治療技術が進み、歯の寿命が延びたことは、本当に喜ばしいことです。ただ、入れ歯づくりを専門とする者にとっては、その分、難しさが大きく増したのも事実です。

というのも、入れ歯は「道具」であり、それを使いこなすご本人の、慣れる力・適応する力も、上手に使うための大きな要素だからです。ご高齢になるほど、入れ歯を乗せる歯ぐきの状態は厳しくなります。それに加えて、新しい入れ歯に慣れる力も、少しずつ落ちてきます。歯ぐきの条件が難しく、ご本人の適応能力も低下する――その両方が重なるほど、入れ歯づくりは難しくなるのです。

たとえば、ご自身の歯を限界まで残し、ぐらぐらになって最後に抜いた頃には、入れ歯を乗せるための歯ぐき(骨)がほとんど残っていない、という方が増えました。歯ぐきがやせてしまっていると、入れ歯を安定させるのは、とても難しくなります。歯を長く残すこと自体は良いことなのですが、抜くタイミングが遅れると、その後の入れ歯で苦労することになる。そういう難しい状態の方が、年々増えているのです。

こうした状態になると、入れ歯だけでなく、ほかの治療法を選ぶことも難しくなります。土台となる歯ぐき(骨)がやせていれば、別の方法を考えようにも条件が厳しく、結局「難しい入れ歯」で何とかするしかない、という場面も少なくありません。つまり、いちばん難しい状態の方ほど、いちばん難しい入れ歯づくりが求められる。これが、今の入れ歯治療の現実です。

対照的に、早めに決断をされた方は、入れ歯への適応もよく、「何でも噛める」と喜んでくださることが多いものです。同じ入れ歯でも、お口の状態によって、難しさはまったく変わります。まだ土台がしっかりしているうちに手を打てた方と、限界まで我慢してしまった方とでは、その後の入れ歯生活が大きく変わってくるのです。

予防歯科が広まって、総入れ歯になる方の数そのものは、確かに減ってきています。けれども、残っていく総入れ歯の症例は、今後ますます難しいものになっていくと、私は見ています。加えて、入れ歯を作れる歯科技工士の数も減ってきています。だからこそ、難しい症例に対応できる私自身と、パートナーである歯科技工士とが、これからもさらに技術を磨いていかなければならない。その必要性を、私は年々強く感じるようになりました。そして、それを実現できる環境を整えたいという思いが、自費への決断を後押ししたのです。

難しい症例の代表である「すれ違い咬合」については、こちらの記事で解説しています。

▼あわせて読みたい:すれ違い咬合とは何か――入れ歯治療で最も難しい状態

理想を追いかけたら、自費に行き着きました

ここまでお話ししてきたジレンマや難しさを乗り越えて、自分が理想とする入れ歯を作るには、どうすればよいか。私が出した答えが、自費の診療に専念する、ということでした。開院から20年が経った平成30年、私は保険での入れ歯治療を終え、自費による入れ歯治療に専念することを決めました。あわせて、部分入れ歯に必要な、残っている歯の被せ物や詰め物といった治療も、自費治療で対応する形にしました。

繰り返しになりますが、これは保険を否定する選択ではありません。理想の入れ歯を追いかけていったら、お一人おひとりに十分な時間をかけること、お口の状態に応じて最適な材料や工程を選べること、他ではむずかしい難症例にもきちんと向き合うこと――そうした自由が必要になり、その結果として自費というかたちに行き着いた、ということです。

自費に専念して、いちばん大きく変わったことのひとつが、歯科技工士との協力体制です。入れ歯づくりには、優れた技術の歯科技工士との協力が欠かせません。保険で入れ歯を作っていた頃は、私の治療時間を確保するために、その分を医院の経営の中でやりくりしなければなりませんでした。保険では、どれだけていねいに作っても報酬は同じですから、同じ入れ歯を作るなら、技工料を抑えて時間を捻出するしかない場面もありました。作り手の技術と技工料は、多くの場合、比例します。抑えた分は私自身の技術でカバーしていましたが、それにも限界があり、「自費であれば、もっと良い入れ歯を作れるのに」と、いつも歯がゆい思いを抱えていました。

自費に専念した今は、その症例にとって最適な歯科技工士を選ぶことができます。本当に必要な治療法を、必要な材料で、その症例にいちばんふさわしい歯科技工士とともに形にする。それによって、入れ歯で悩んでこられた方のお悩みを解決できる。これほど、歯科医師としてやりがいを感じることはありません。私にできるのは歯の治療だけですが、その方に合った入れ歯をお作りすることで、想像もしていなかったほど生活の質が上がっていく――そんな様子を、これまで何度も見てきました。

ほかにも、変わったことはたくさんあります。一人の患者さんとゆっくりお話しする時間が持てるようになりました。噛めるように作るほど壊れてしまう、というかつてのジレンマからも解放され、トラブルそのものが大きく減りました。急なトラブルへの対応に追われることがなくなり、難しい症例に向き合うための自己研鑽に、じっくり時間を使えるようにもなりました。「この患者さんのために、もっとこうしたい」と思ったことを、時間や条件に阻まれることなく実際にやれる。あの頃感じていたもどかしさは、今はもうありません。

自費の入れ歯の費用が何に使われているのかについては、こちらの記事で詳しくお話ししています。

▼あわせて読みたい:自費の入れ歯はなぜ高いのか

どの症例でも、絶対に手を抜かない

私には、歯科医師として、ずっと変わらない一つの信念があります。それは、「どの症例でも、どの患者さんに対しても、絶対に手を抜かない。自分にできることは、全部やる」ということです。

表向きの目標として言えば、歯を失った方が、歯があった頃と同じように噛めるようになってほしい、ということになります。けれども、その根っこにあるのは、もっとシンプルな思いです。目の前の患者さんに対して、「まあ、これでいいか」で済ませることが、私にはどうしてもできないのです。

じつはこの信念は、保険診療の時代から、まったく変わっていません。当時も私は、保険という枠の中で、やれることは全部やろうとしてきました。だからこそ、自費への転換は、私にとって「楽をするための逃げ」ではなく、むしろ「この信念を、もっと妥協なく貫くための選択」でした。手を抜かないという姿勢は、保険でも自費でも、私の中で何ひとつ変わっていません。

私が良い入れ歯の基準としているのは、「動かない・壊れない・汚れない」という三つの大切な教えです。お口の中でしっかり安定して動かないこと、長く使っても壊れないこと、清潔に保てること。言葉にすれば当たり前のようですが、この三つすべてを満たす入れ歯を作るのは、決して簡単ではありません。

じつは、この基準には源流があります。私は大学を出たあと、東京医科歯科大学(現在の東京科学大学)の補綴科で学びました。そこで指導してくださったのが、部分入れ歯の分野で大変高名な先生でした。その先生の治療を間近で見られたことは、私にとって、今も大きな財産になっています。その先生の入れ歯は、まさに「動かない・壊れない・汚れない」を体現したものでした。当時、その先生はある首相の主治医も務めておられ、来院の際には診療室のまわりをSPが囲んでいたことを、今でもよく覚えています。

その先生が、お会いするたびに私にかけてくださった言葉があります。「平野、いい入れ歯、作ってるか?」――この一言です。患者さんのために、教わったとおりの入れ歯づくりをしっかり続けろ。そういう先生からのメッセージだと、私は受け取っています。この言葉が、30年以上たった今も、私の入れ歯治療の、いちばんの土台になっています。

実際に何度も作り直して合わなかった入れ歯を、当院で作り直された方の事例は、こちらの記事でご紹介しています。

▼あわせて読みたい:何度作っても合わない入れ歯―医院を変えるべきか

「うまくいった入れ歯」とは何か――そして、ご相談ください

私が考える「うまくいった入れ歯」とは何かを、お話しさせてください。

私は治療を始める前に、レントゲンやお顔、お口の中を拝見しながら、「この方には、こういう形の入れ歯を作りたい」という最終形を、頭の中に思い描きます。長年、数多くの入れ歯を作ってきた経験から、完成形がぱっとイメージできるのです。そして、その思い描いたとおりに仕上がったとき、入れ歯はたいていうまくいきます。結果もよく、患者さんも問題なく使ってくださいます。

その理想の形を実現するために、私は歯型の取り方、噛み合わせの検査、そして信頼できる歯科技工士との連携に、手間を惜しみません。こうした一つひとつの工程の積み重ねが、「思い描いたとおりの入れ歯」につながります。工程の詳しい話は別の記事に譲りますが、私が自費に専念したのは、まさにこの理想の形を、妥協なく追いかけられる環境を手に入れるためでした。

もちろん、いつも思いどおりにいくとは限りません。もし、思い描いた形にならず、患者さんに満足していただけなかったときは、私は素直に謝り、納得していただけるまで作り直します。手を抜かないというのは、最初から完璧を約束するということではなく、うまくいかなかったときに逃げない、ということでもあると思っています。その責任を持てる環境を整えられたことも、自費に専念してよかったと思える理由のひとつです。

そして、入れ歯は、できあがって終わりではありません。入れ歯は、食べるという大切な機能を果たすための道具です。良い道具に仕上げるのは私の責任ですが、それを使いこなしていただくところまで含めて、私は患者さんと一緒に歩んでいきたいと思っています。

最後に、これから入れ歯のことで悩んで、当院を訪ねてみようかと考えていらっしゃる方へ、お伝えしたいことがあります。私はこの30年ほど、歯を失ったり、入れ歯が合わずに悩んでこられた、たくさんの方にお会いしてきました。そのお一人おひとりに、入れ歯治療を通じて、真剣に向き合ってきたつもりです。痛みなく噛める入れ歯を手にされた方の笑顔が、私の毎日の治療の、いちばんの励みになっています。

保険診療から自費中心へ切り替えたときには、たくさんのお叱りもいただきました。「平野は金儲けに走った」「お金持ちしか行けない歯医者になった」「この地域で保険をやらないなら出て行ってほしい」――そんなお言葉もありました。それでも切り替えを選んだのは、必要最小限にとどまる保険診療では、どうしても解決できないお悩みが多くあると、痛いほど分かっていたからです。

その一方で、遠方からわざわざ時間をかけて通ってくださる方や、治療を終えて感謝を伝えてくださる方も、たくさんいらっしゃいます。そうしたお気持ちと笑顔が、私の日々の診療と学びの原動力です。もっと高いレベルで皆さんの力になりたい。その一心で、今も毎月のように、日本各地へ学びに出かけています。

自費の診療ですから、保険に比べれば、経済的なご負担は大きくなります。その負担を我慢して今のお悩みと過ごすのか、それとも解決に向けて一歩踏み出すのか。難しい選択だと思います。ですが、まずはご相談だけでも、いらしていただければ、何かお役に立てることがあるかもしれません。当院では、無理に治療をおすすめすることは一切ありませんので、どうぞ安心して、お電話かウェブでお問い合わせください。なぜ私が保険をやめてまで理想を追いかけてきたのか。その答えは、実際にお会いして、あなたのお口を拝見し、一緒にゴールを描いていく中で、きっと感じていただけると思います。

入れ歯への私の想いは、こちらの記事でもお話ししています。また、入れ歯が合わなくなる原因そのものについては、別の記事で詳しくまとめています。

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歯科医院紹介

平野哲也院長

平野哲也院長

施設名 医療法人社団湘仁会 ひらの歯科医院
診療科目
  • 歯科
責任者 平野哲也院長
[学歴] 1994年 新潟大学卒業
[開業年] 1998年
電話番号 0466-49-1382
所在地 〒252-0823 神奈川県藤沢市菖蒲沢611-1
時間
09:00~13:00
14:30~17:30

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